7月7日はRX-7の日
7月7日はRX-7の日として全国各地でイベントが開催されるようになり随分と歳月が流れました。そして、RX-7が製造中止となった2002年8月以降、現在も盛大に行なわれ、RX-7の専門誌も継続して出版されています。愛されているね、RX-7。
デビューWIN!
RX-7の歴史はレースで始まる。79年2月デイトナ24時間レースに登場した7、77の2台のRX-7は24時間を走り切りGTUクラス1-2位、総合5-6位でフィニッシュしています。
この日からアメリカでのRX-7の歴史は始まり、SA、FD、FCとモデルは変わっても活躍を続けていました。79年から95年のIMSA参戦で117勝、シリーズチャンピオンもGTUクラス10回、GTOクラス1回獲得しています。
写真のRX-7は79年デイトナ24時間1-2位を獲得したモデル、7号車には寺田陽次郎さんのサインが入っています。
スパ24時間レース、総合優勝!
トム・ウォーキンショーとマツダがスパ・フランコルシャンに挑み81年、ついに総合優勝を果たしました。これは日本車として初の快挙です。
Gr.B RX-7。
アウディクワトロの登場により2WDから4WD移行されつつあるときにWRCを走ったRX-7。85年のアクロポリスラリーでプジョー206T16、アウディ・クワトロに続いて総合3位に入賞しました。
鈴鹿1000kmレース
鈴鹿1000kmには、ルマン参戦のRX-7、IMSA参戦のRX-7が出場し、ポルシェ935に挑むというファンにはたまらないレース、赤いRX-7(98号車)は片山義美さんがアメリカチームとして参戦していました。
二代目FC型RX-7が登場したのが85年9月。この二代目RX-7から進化するスポーツーカーが明確となります。その始まりがアンフィニモデルです。このモデルが出ると通常の市販モデルも進化していました。
写真は、アニフィニモデルをテストする立花啓毅さん。赤と白色のFCのルーフにあるサインは立花さんに頂いきました。
三代目FD型RX-7が登場したのは91年12月。この三代目は福田成徳さんの「ときめきのデザイン」。世界中を驚かせたユーノス500、ロードスターと同時期のデザインで、2006年の現在でもデザインは色あせていません。
立花啓毅さんは「生きたクルマ」を作ること、それは「スポーツカーの文法」に従ってとおっしゃっていました。このことが支持されて今日に至っていることは十分に理解出来ます。青と銀のFDのルーフにも立花さんのサインがあります。
FD型RX-7は、RE雨宮からGT300シリーズに参戦し活躍しています。今年もセパンで優勝するなど第一線で活躍できるポテンシャルは健在です。
写真は、昨年ロードスター4耐でのデモ走行でのスピンターンです。
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